前々回の「遺伝子組換え作物〜事実編〜」の続編で、今回は僕の意見を述べます。
世の中に出回っている多くの議論は、それぞれのメリットとデメリットを挙げることなく、一方的見方になっていることが多いものです。
批判する場合は悪いところだけを挙げ、推薦する場合は良いところだけを語るので、一見どちらも正しいように思えてしまいます。
前提条件の精査もしないで、その後の議論を始めるのは非常に危険です。
「食品の安全」問題ではそういったことばかりが行われています。
遺伝子組換えのメリットとデメリットを挙げます。
メリット;
1)収穫量が上がる
2)殺虫剤や除草剤などの農薬が少なくて済む
3)栄養価が高いとかアレルギーのない作物、病気に効くなどの有用な作物ができる可能性が高い
デメリット;
1)作物危険である可能性がある
2)環境への悪影響がある可能性がある
3)花粉を通じて周りの畑の作物が遺伝子組換えになる
4)生命の遺伝子を操作するという倫理上の問題点
5)神を冒涜する行為と判断する宗教上の問題点
6)アメリカに作物の覇権を握られる
僕は一言でいうと賛成派です。
上記を見るとメリットが少ないようですが、実際には、
人類を救える可能性があるほど強いメリットがあるといえます。
現在の人類が、いや日本人に置き換えてもいいですが、十分に満ち足りて、将来的にも安泰であるなら、遺伝子組換えは必要ないともいえるでしょう。
しかし、食糧不足が心配される中、自給率39%の日本がこのまま何もしないでいいはずはありません。
遺伝子組換えによって、収穫量が劇的に上がって、しかも農薬や除草剤が少なくて済むのであればこれほどのプラスはありません。
また、技術が進めばアレルギーを起こさない作物や栄養価の高い作物、暑さや干ばつに強いものなど、あらゆる可能性があります。
無農薬栽培は夢の作物とは程遠いですが、遺伝子組換えはその可能性をはらんでいるといえます。
いや事実、すでに世界中で実績を上げ、結果として表れているともいえるでしょう。
考えるべきは、これだけの大きなメリットを上回るだけのデメリットがあるかどうかです。
1)と2)はすでにほとんど問題ないことが確認されています。
仮に、今後何らかの問題が起こるとしても、「怖れ」だけでやめる理由にはならないでしょう。
反対派は100年先はわからないといった「わからない」=「危険」
という考え方を持っています。
では、100年後に、今遺伝子組換えを禁止したことによって人類が飢える可能性と、遺伝子組換えによって不測の事態になる可能性、どちらが高いかといえば、前者なはずです。
3)は、確かに完全におさえることはできないでしょう。
しかし、これを恐れるのは遺伝子組換えを危険と考えるからであり、
安全であるのが科学的常識になった以上、懸念はあるとしても反対する強い理由にはなりません。
4)と5)はそれぞれの考え方なので、他人がどうすることもできません。
ただ、遺伝子組換えというのは、新しい品種を作ってきた今までの作物改良の歴史と大きく変わるものではありません。
現在私たちが食べている食べ物のほとんどすべてが、人間が人間に都合がいいように新たに作った品種(生命)です。
新品種を作ること自体が、生命をいじるものであり、遺伝子を変えるものです。
その方法が交配や細胞融合などによるものか、遺伝子組換えによるものかだけの違いで、人々の反応が大きく違うのは、倫理感というより感情やイメージによるものと思います。
既に遺伝子に紫外線や圧力を与える手法による開発もとっくに行われてもいます。
反対派は遺伝子組換え野菜をフランケン野菜と呼びます。
実際には交配という手段で、どんな突然変異作物ができるかわからないのに比べ、遺伝子組換えのほうがピンポントで制御できるので、安全という見方もあります。
5)もメリットを覆すだけの理由には程遠いと思います。
最初のうちはしょうがないとしても、日本が本格的研究に取り組むことによって、いずれ世界の先頭を走るのを目指すべきです。
遺伝子組換えの普及は最初の情報発信で失敗したと言われています。
最初に農家のメリットだけを謳い、消費者のメリットがわからなかったため、デメリットだけが強調されました。
しかも虫が遺伝子組換え作物を食べて死ぬ映像が世界中に流れ、衝撃映像として、遺伝子組換えが危険な何よりの証拠と捉えられました。
実際には、虫には毒でも人間に無害か低毒なものはいくらでもあり、農薬でも今はそういったものが主流です。
この作物も人間には無害でした。
また、この虫は決してメジャーな虫ではないため、環境への影響もほとんどありませんでした。
日本ではもっと客観的で分かりやすい説明と議論が起こるべきと思います。
「よくわからないけど危険といわれているから反対」というのが今の日本人の典型的考え方と思います。
報道はデメリットや恐怖を語ったものばかり。
それはいつものこと。
ちょっとでもデメリットが顕在化すると、デメリットばかりが強調され、すべてのメリットが忘れ去られてしまう。
わずかなデメリットを恐れ、技術革新を拒否するのであれば、そこに進歩はないどころか、先には停滞と衰退が待っているだけ。
それが現在の日本ではないでしょうか。
「触らぬ神に祟りなし」とよく言われますが、この場合確かに祟りはないかもしれませんが、生存競争から離脱した者の衰退が待っているように思います。
非遺伝子組換え、国産、無農薬など、値段が高いほうばかりを志向して今後に展望はあるのでしょうか。
別に深い考えがあって判断しているのではなく、感情やムードで判断しているとしか思えません。
経営コンサルタントの大前研一氏は日本人のことを「内向き、下向き、後ろ向き」と表現していますが、まさに言いえて妙です。
どちらを選ぶかはもちろん個人の自由です。
ただ遺伝子組換えを利用する自由を奪うべきではないし、それ以上に国家戦略として考えていく必要があると思います。
もし遺伝子組み換えに反対するのであれば、食糧危機や値段の高騰を抑える代替案を出すべきと思います。
ついでに大豆や小麦アレルギーの人に対してアレルギー反応の起こらない大豆や小麦の開発をあきらめなくてはならない理由も提示してほしいものです。
