僕は、「食品の無駄」は食品の安全と偽装などと同じぐらい重要な問題だと思う。
「フードバンク」では、余剰食品を食べ物として有効に活用し、生活弱者を支援するボランティアを行っている。
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コンビニなどで大量に捨てられるお弁当や総菜類。
そのほとんどは、賞味、消費期限切れ。
「消費期限」切れは衛生上の問題があるので、やむを得ないにしても、
「賞味期限」切れは本来の味や食感が落ちる程度の期限なので、有効活用するべきもの。
しかも、メーカーは絶対に品質問題を起こさないために、例えば90日日持ちすると判断しても、実際には60日ぐらいに設定するように大幅に余裕を持っているのが通例。
しかしそれでもコンビニ、スーパーは「フードバンク」に対して余剰食品を渡さず、廃棄するほうを選ぶ。
なぜなら、万が一でも食中毒を起こすことを恐れているためだ。
横浜の「さなぎの食堂」では、コンビニから賞味期限3時間前(コンビでは安全面を考慮し、3時間前に店頭からはずす)に弁当などの食材を毎日もらってきている。
そしてそれを改めて調理してボリューム満点の300円の定食を出している。
「フードバンク」と「さなぎの食堂」の違いは、前者はいつ食べられるのかわからないのに対して、後者は、食される場所と時間がわかっていることと、万一食中毒が起こったときの責任の所在の部分。
しかし僕は「フードバンク」の場合でも有効活用するべきと考える。
もちろん問題が起こったときは食べた本人の責任だ。
その食品を提供する側は、賞味期限などの履歴は正確に伝える必要はあるだろう。
本来人間には食中毒の起こるものを食べない防御本能が働くもの。
臭いや味で判断できるものだ。
獲れた魚や野菜・果物に賞味期限があるかといったらない。
もともと企業が調理加工しないものには賞味期限などなく食べている。
それで何も問題はないのだ。
世界的に見れば豊かな日本でも明日の食べ物にも困っている人は大勢いる。
年収200万円以下の人は1000万人以上いるがこの人たちは、できうる限り食費を切りつめたいはずだ。
お金持ちと供給者の論理だけで、厳しい規格と賞味期限をクリアーした食品だけが並ぶのはおかしい。
規格外でいいから安いものが欲しい人にも選択の自由を与えるべきだ。
規格外品の多くは廃棄されるものなので、ただ同然のものも多い。
廃棄されれば、燃やすことにより大気がよごれるし、灰もどこかに捨てられる。
廃棄費用を惜しんだための違法投棄も後を絶たない。
現在は、
「安全のためにはコストをおしまない」
「安全が保障されたものじゃなきゃ食べられない」
といった意見が主流だが、
この考え方は、非常に無責任で不勉強な考え方だ。
なぜなら、とてつもない無駄とコスト高を生み、ひいては精神的荒廃を生む。
「もったいない精神」は、経済的に助かるだけでなく、心の問題にも良い影響を与える。さらに所得の再分配機能を持つことにつながる。
世界に広がっているという日本語「mottainai」
世界一もったいないことをしている我々としては恥ずかしい限りだ。
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私は、スーパーで見切り品の加工食品を、直ぐ食するものは敢えて選択しますね。
帰りが遅くなって調理して食べることができない時用に買ってくるものは、期限まで余裕があるものを選択するんです。
「安全面を考慮」とかいうんですが、結局、見切り品にすべきタイミングに目配り・気配りする管理を巨大スーパーやバイトばかりのコンビニは放棄したんじゃないでしょうか。
私の会社にも、期限が切れるころに着払いで返品が届きます(比較的日持ちする食品なんでね)。
この分は、当然商品価格に反映させ消費者に負担が回ります。
実際は現状値上げなんてできないんで、利益圧縮させられ人件費が削られているんですよ。
atさんの意見は、うな太郎さんの言っている『コンビニなどで大量に捨てられるお弁当や総菜類』のようなものには当たらないんでは?
牡蠣のノロウイルスは付着が問題で加工食品で増殖するんじゃないですよね(何せ細胞に寄生して増殖するんだから)。
ウイルスの付着や細菌毒素の高濃度残存であれば、風味に関係なく期限内でもアウトですよね。
一般細菌数(生菌数)を衛生指標にしている意味,原料保管管理や加工処理の温度・時間の管理の意味,工場のプロセス管理による衛生管理の意味は、そこで発生する微生物による危害をある程度予測できるようにするためでもあります。
『コンビニなどで大量に捨てられるお弁当や総菜類』に関しては、特に相当余裕を持っていますからねぇ(スーパーのバックヤードのもんはコンビニの弁当工場のものと比較して、?ですけど)。